
人生には絶望もあるけれど、不思議に美しい瞬間もある。
よいことはこれまでも起きたし、また起きるだろう。
ニナ・サンコヴィッチの『Tolstoy and the Purple Chair』で出会った言葉だ。
大学卒業と就職を間近に控えた、三人の若者。
親や身近な大人、先輩たちから、たくさんの話や助言を聞いてきたのだから、これからの人生がどんなものか、おおよその見当はついているのだろう。
それでも三人は、先のことを心配するより、これから何が起こるのかと楽しみにしている、朗らかな人たちだった。
その日、三人と公園を歩きながら写真を撮った。
撮影場所も構図も、あらかじめ決めてはいなかった。ただ歩いて、気に入った場所でカメラを構えた。
日が傾いていた。
空にはまだ夕焼けの光が残っていた。黄色や赤の光が木々の間に広がり、夕闇が足もとからゆっくりと立ちのぼって、その光を少しずつ押しやっていた。
一緒に歩いていた一人に、少し立ち止まってもらった。
花を手に立つその姿の向こうに、夕空が広がっていた。
顔は少しずつ闇にまぎれていったけれど、その姿は不思議と美しかった。
光と闇が互いに場所を譲り合い、ひととき、ともにとどまる時間。
カメラの露出は上げなかった。
もう少し明るく撮れば、顔の表情まではっきり写せただろう。でも、それでは今、目の前にあるこの瞬間とは違うものになってしまう気がした。
闇を押しのけたくはなかった。
その瞬間の光と闇を、ありのままに残したかった。
シャッターを切った。

地面の水たまりも、偶然見つけた。
そこに水がたまっているとは思わなかった。水面には夕空が映っていた。
「みんな、あそこに立ってみて。水に映る姿も一緒に撮ったら、きれいだと思う!」
三人が水たまりの向こう側に立った。
夕焼けの光と三人の姿が、水面に並んで映った。
もう一度、シャッターを切った。

偶然出会った景色を前に、ただ心の向くまま、カメラを構えただけだった。
三人のこれからにも、つらい日は訪れるだろう。
ときには絶望したり、くじけたりする瞬間もあるだろう。でも、それがすべてにはならないでほしい。
今日のように、不思議に美しい瞬間も、きっと何度も訪れるのだから。
これまでもそうだった。今もそうだし、これからもそうだ。

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